
※写真と本文の内容は一切関係ございません。
先日所用があり、下道で東京から盛岡へ行ってきました。
片道550kmほどありました。
こう書くと「高速代を惜しんでいる」ような香りがしますが、一番の理由は、首都高の構造や運転ルールに強い抵抗があるからです。
首都高の運転に慣れている方は何も感じていないと思うのですが、私のように東北道を運転する生活が長かった人間が、かなり大人になってから首都高への挑戦を試みると、いくつかの高い壁が立ちはだかります。
まず、高速の入口・出口が右なのか左なのか、素人目には非常に分かりづらいこと。
そして、片側4車線の中央2車線で行われるマスゲームのような合流と分岐。
さらに、高速道路にも関わらず、周囲の車が躊躇なくブレーキを踏むという現象です。
東北の高速道路は、入口・出口が常に左側にあります。親が運転する車に乗っていた幼少期の記憶を辿っても、私にとって高速道路は「左に始まり左に終わる」という取扱説明書がDNAレベルで刻み込まれています。
この環境下で育つと、首都高の激しい合流と分岐の中で「自分は一体、どこに注意すれば良いのだろう? 前後か、左右か」と、楽しいはずの運転が、高度な判断と調整を絶え間なく求められるストレスフルな環境へと変貌します。
また、走行中に前方の車がブレーキを何度も踏むため、追突を避けるよう、後方の自分もブレーキを踏まざるを得ない現象も普通に苦痛です。
しかし、実は最後にお話しすることが一番のネックかもしれません。
というのも、運転免許を取得して間もない頃、友人の車を数人で運転させてもらっていた時のことです。「高速でブレーキを踏むのって危ないから、なるべくしないように」というアドバイスの後に言われた、「まぁ、普通に高速でブレーキってダサいよね」という何気ない一言が、今でも深く効いているのだと思います。
「郷に入っては郷に従え」という諺があり、通常の道路交通法にはもちろん従いますが、首都高という独自の交通ルールの「郷」に従うことに関しては、この「ダサい」という言葉が先行してしまい、なんとなく運転を避けてしまうのです。
ブレーキを踏んだ分、タイヤもすり減ってもったいないですしね。
「やっぱり結局は費用削減が目的ではないの?」と言われそうですが、そこは小さいこととして気にせず、次回は目的地である盛岡のグルメなどを紹介したいと思います。
最後までコラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。
次回もまた覗いていただけると嬉しいです。
それではごきげんよう。
2026/5/19
