
前回の更新から、気がつけば1ヶ月が経っていました。
時の流れの速さに、ただただ怯えています。
この1ヶ月間、作業科学学会の「OSカフェ」に参加したり、「平成恋愛展」や「動く妖怪展」を観に行ったりと、インプット多めで色々忙しくしていたのですが、本日は先輩の社労士と「言葉が人に与える印象」について雑談をしていた時のことを書こうと思います。
仕事と家庭の両立でよく使われる「家事負担」という言葉。
この言葉を国語的に見ると、「家事」+「負担」という組み合わせです。
後ろに「負担」という重さを表す言葉が来るため、周囲も自然と「大変なんだな」と受け止めやすくなります。
「では、逆に大変さが見えなくなる組み合わせって何だろう?」と何気なく先輩に言ったところ、教えてくれたのが、労務の世界にある「サービス残業」でした。
分解すると「サービス」+「残業」です。
本来、残業は厳格に管理され、賃金支払いの対象となるべきもの。
ところが、前に「サービス(親切・奉仕)」というポジティブな抽象名詞が付くだけで、急に言葉の雰囲気がやわらかくなります。
実態は「賃金未払い労働」という違法状態であるにもかかわらず、「本人が自発的に頑張っている」という美談のように聞こえてしまうことがあります。
冷静に考えると、この「サービス」は不思議な言葉です。
レストランで「スープ、サービスしといたよ!」
と言われたら嬉しく思いますが、
職場で「残業、サービスしといたよ!」
と言われたら話が違います。
完全にホラーです。
ここで思い出すのが、アントニオ猪木氏の有名な言葉です。
「元気があれば何でもできる‼︎」
名言です。
元気は大事です。
しかし、この「〇〇があれば〇〇でもできる」という構造が、美談・美徳・精神論に変換される可能性のある言葉の並びは、少し危険ではないかと思います。
「サービス精神があれば、残業代がなくても残業できる!」
「奉仕の心があれば、過酷な活動もできる!」
「愛情があれば、毎朝の弁当も苦にせず作れる!」
これはもう「猪木構文」と呼んでもいいのではないでしょうか。
気持ちや愛情は大切な原動力ですが、本来、仕組みで解決すべき問題を個人の精神論に求めてしまうと、本当の負担は見えなくなり、持続不可能になってしまいます。
元気があれば何でもできるかもしれません。
しかし、個人のエネルギーだけで回し続ける職場は、いつか誰かの元気も食べ尽くしてしまいます。
大切なのは、気持ちに頼らなくても無理なく続けられる仕組みをつくること。
それこそが、これからの職場に必要な労務管理ではないでしょうか。
余談ですが、この「言葉の組み合わせ」に悩んでいた私に、先輩は1分もかからず「サービス残業」の案を出してくれました。
新宿御苑前の社労士法人アイレクス(引越済)には、回転数とトルクのバランスの良い社労士が揃っていることを、御礼として添えさせていただきます。
最後までコラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。
次回もまた覗いていただけると嬉しいです。
それではごきげんよう。
2026/6/20
